ソダン・セルヴァ、シド・モフヤ 共著

「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ。」 チャールズ・ダーウィン

エグゼキュティブ・サマリー

今、私たちは世界中で蔓延するコロナウィルス (COVID-19) パンデミックと、その影響で恐慌にさえなり得る世界経済の滞りに直面しています。 私たちがこの危機にどのように対応するかは、人類の未来の方向を定め、経済や人命への被害の大きさにも影響を及ぼします。 このような時期だからこそ、企業はこれまでの歴史の中で、類を見ないレベルアップを求められています。 景気後退局面は、確立された企業に取っては、現状を生き抜きながら将来に向けての革新を起こすチャンスであり、それは世の中のディスラプションが加速している時期であれば尚更です。 本論文は、ビジネスリーダーの皆さんに、今直面している不況を「どう生き延びるか」だけではなく、あらゆる分野で起きているディスラプションの中で企業の存在意義が無くなるリスクとその対策にも触れます。  それは、攻めと守りの二軸の戦略を要すと共に、社内から統合された形で実行されることが求められます。

現状の再確認

私たちは約10年間に渡り景気的には「良き時代」を過ごして来ました。しかし、ここへ来て、コロナウィルス (COVID-19) によるパンデミックの為に大きく流れが変わりました。 今回の景気後退は、21世紀に入って3度目の不況です。2001年、2008年、そして今回は2020年。 しかも、この景気後退は、こうしたディスラプションが必ずしも技術の変化や気候変動のみに起因するのではなく、これまで予想すらしなかった要因で起こり得ることを実証しました。 2020年代はこれまで以上にディスラプションが加速し、今まで以上に世の中が激動するでしょう。 しかし、このような状況だからこそ、本当のビジネスチャンスが隠れているのです。事業基盤が確立された企業にとっては、この状況を生き抜きながら将来に向けての革新を起こそうとした時、ディスラプションが加速する中での景気後退局面の方が大きなチャンスが潜んでいるのです。 

では、どうするべきか?

このような状況下では、経営資源を絞って事業運営を行うことが得策であることは多くの経営者は理解しています。 202035日に、ベンチャーキャピタルのセコイア・キャピタル(200810月に”R.I.P. Good Times” [=良き時代よ、安らかに眠れ]と題した論文を前回の不況の幕開け時に発表した企業)は、自社のポートフォリオ企業のファウンダーやCEOに向けて “CoronaVirus: The Black Swan of 2020” [コロナウィルス:2020年のブラック・スワン]と題した論文を発表しました。(*Black Swan Eventとは、文字通りの訳は「黒鳥的出来事」ですが、予知できない極めて稀、またはあり得ないような事象で、実際に起きると壊滅的な被害をもたらす出来事のことを指します。) この論文は同社のポートフォリオ企業が想定すべき、不況下での現実と調整について触れた内容となっています。 ポートフォリオ企業に向けられた具体的なアドバイスは以下のものです。 手元資金でいつまで事業継続可能か常に意識する事。資金調達の困難を覚悟する事。売り上げ予測を精査する事。マーケティング投資は費用対効果を慎重に見極める事。必要最低限の人員で活動する事。設備などへの投資は慎重に判断する事。

一方、事業基盤が確立された企業の経営者においては、この現実の中で単に経営資源を絞った節約経営さえ心がけていれば良いわけではありません。 成長戦略を支える事業体を並行して育てることで、ディスラプションが加速度的に発生する今日のリスクを緩和する必要があるのです。 景気後退期は、「平時」に比べ、成長投資が大幅に安くなる可能性があるユニークな機会なのです。 突き詰めれば、このような時期は企業が節約経営と積極的なイノベーションを同時並行で行うことで「競合を引き離す」絶好のチャンスなのです。

イノベーションと企業変革を起こす上で、経営者がこのチャンスを効果的に活かすためには、「木を見て森を見ず」と言う事態を避ける必要があります。 これらの領域でコストを抑えながら、確立された低コスト運営に紐つく形で成長の見込まれる事業の種まきを行うことは得策でしょう。 ディズニー (1923)、マイクロソフト (1975)、アップル (2001)と言った代表的なイノベーション企業は、不況下で設立または立て直されたのです。 

動乱の時代の重要なポイント

御社に新しい未来をもたらす可能性を秘めた成長事業の道すじを描きながら並行してイノベーションや企業変革作業を進める際、リスクを見極め、そして削減していくためには以下のポイントに気を配ることをお勧めします。

戦略的関連性: コア・ビジネス、コーポレート・イノベーション、デジタル・トランスフォーメーションの全てが御社の企業としての強みと明確な繋がりを持っていることは必須です。 御社のイノベーション、トランスフォーメーション、企業内ベンチャーキャピタル活動などの間にズレがある場合、この機会に本格的に見直しをするべきでしょう。 

結果に集中:コーポレート・イノベーションやデジタル・トランスフォーメーションは、既に結果を出している、または、決められた期限内に具体的な結果が出る見通しが立っていることが必須です。 明るい未来の約束に基づき導入はしたものの、まだ結果が見えていない「最先端(赤字)」技術を見直す良い機会でしょう。 この分析と決断の作業は冷静に、感情を交えずに実行されるべきです。

外部依存を抑え、社内の人材を活用: 多くの企業は、将来の強みを外部に依存したり、専門家や経営コンサルタント、外部ベンチャーキャピタルに頼ることで加速度的なディスラプションの不透明性を乗り切ろうとしてきました。 これらの外部業者がどの程度の効果やインパクトがあったのか、コスト的に見合っていたのかなど、改めて見直すいい時期でしょう。同時に、社内の事業部の担当者やチームがリーダーシップを発揮できるよう、必要な権限やリソースを与え、より「協調的なアプローチ」を構築すべきです。 更に、そこで浮いたお金の一部を社内のリーダーや社員たちに向けた人材投資に回し、彼らが未知の領域で効果的に活動し、新しい事業方向性を創出できるDNAを持った人間に育て上げるべきです。 このような手法を効果的に実践している企業では、事業部のリーダーや社員たちが顧客との密なコミュニケーションを通して新しい戦略的方向性を創出し実行できる所まで再教育が行われています。 また、彼らは根本的に新しい仕事スタイルを身に付け、それが更に未来の事業活動に結びついて行くのです。 このような活動を実践した企業は競争相手を大きく引き離すことになり、2020年代をリードする企業になれると考えています。

資金節約型防衛: この10年、多くの企業は「変革」と言う戦略的な目標の下、積極的にお金を使ってきました。 これからは、CFOやイノベーション責任者の協力の下、CEOは「資金節約型」投資から始め、トランスフォーメーションやイノベーション プロジェクトが具体的な成果を伴う結果を出した時に初めて追加の投資を行うべきです。 このようなプロセスは「良き時代」の頃に比べるとより厳格な規律を要しますが、短期的な結果を重視する癖と行動様式を育成ながら、並行して長期的な価値を慎重に生み出すには申し分ないチャンスです。

ブラックスワン攻略: 景気後退時にコストカットで守りを固めるのは短期的には堅実な策であるように思えます。 しかし、あらゆる分野でディスラプションが加速している事業環境では、この戦略では長期的には企業としての存在価値の消滅や倒産のリスクが増大します。 良き時代には多くの企業が「右へならえ」をしていればよかったかもしれませんが、今はそうは行きません。 企業は今までの事業運営やイノベーションのやり方を再構築することで、以下のような「ブラックスワン」が提供するチャンスを捉えるべきです。  今までは見えていなかった、あるいは非現実的に見えていた大胆な行動が事業の常識を覆すような大きな変革をもたらし得るのです。 ディスニーがアニメーション事業からテーマパーク事業に参入したケースや、アップルがコンピュータ事業からコンシューマー向け電子機器をベースにしたエンターテイメント・エコシステムに参入したことでそれまでの事業環境が全く別物になってしまいました。 このような事業機会は市場のトレンドや調査をしているだけでは簡単には見えてきませんが、これらの新規事業は競合他社の土胆を抜き、業界の根幹を揺るがす潜在的な可能性を秘めているのです。 また、それだけではなく、キャッシュフローが大幅に改善することも私たちのデータが示しています。 

攻めと守りの統合アプローチ

企業がこの困難な時期を乗り切るだけではなく、将来的にもリーダー的地位が築けるよう、私たちのアプローチは効率的な資金活用の基本と事業当事者が自ら作り上げた企業変革を実行に移す「守りと攻め」の両戦略を統合した道すじから構成されています。  ドレーパー・ベンチャー・ネットワークのゴールド・スター プログラムは当社のグローバル・ネットワークで繋がりのあるイノベーターや投資家の皆さんの力もお借りして、ビジネスリーダーの皆さんがトランスフォーメーションとイノベーションの統合アプローチを構築できるようお手伝いするものです。  同様、ムーブメント・メーカー プログラムは、企業の事業当事者の皆さんがブラックスワンに起因するチャンスを捉え、未来事業の構築に向けて既存事業に変革をもたらす触媒となっていただける実力をつけていただくことを目標としています。 ビジネスリーダーの皆さんが次フェーズに向けてリセットを掛け、準備を整えていただくためには本当の意味での統合されたソリューションが不可欠であると考えています。

本論文は資金節約と事業当事者が先頭に立ったトランスフォーメーションを組み合わせた手法について解説する4部構成の論文の第1部です。 これらのプログラムは過去数十年に渡り数百社に及ぶ企業との共同作業や研究に基づいて構築された内容に基づいています。 

今まさに、不況時の常識をブラックスワン攻略本として書き直す好機なのです。 20年前、ドットコムバブルが弾けた後、アップル社が事業立て直しに苦しんでいた時のスティーブ・ジョブスの言葉です。 

 「多くの企業はダウンサイジング(のみ)を行い、それは彼らに取っては正しい選択かもしれません。 しかし、我々は違う道を選びます。」

筆者紹介: 

ソダン・セルバ:チア・ベンチャー・インク(2014年シリコンバレーに設立)、マネージング・パートナー。同社は、事業基盤が確立された企業が変革やイノベーションをしながら成長を続けるには、20世紀型の伝統的な手法は通用しないとの認識の下、新しい手法を構築する目的で設立されました。 Cレベルの経営陣からなる変革推進者と共に3年間の研究開発、実験、検証、反復、更にはスタンフォード大学の複数分野の研究者の助けも借り、ムーブメント メーカープログラムが誕生しました。 セルバ氏は、経営者兼事業当事者としての経験を有し、上場企業(ディズニー)、プライベート・エクイティー(ブラックストーン)、ベンチャーキャピタル(米国、欧州)企業などで25年以上に渡り、Cレベルの経営陣と共に企業のイノベーションと変革を推進する中心的な触媒として仕事に従事してきました。 フォーチューン500社、1000社のグローバル企業のビジネスリーダーとの仕事に従事しています。

シド・モフヤ:ドレーパー・ベンチャー・ネットワークのCOO。同社の投資ポートフォリオの約1000社のテクノロジー・スタートアップ企業とフォーチューン500社間の戦力的パートナーシップの仲介責任者。 ドレーパー・ベンチャー・ネットワークは1990年にティム・ドレーパーによって設立され、世界各国に点在する傘下の25社のベンチャーキャピタルが最先端のテクノロジー企業へのアーリーステージ投資を行っています。 現在の運用資金20億ドル、世界60都市に拠点を有します。 ドレーパー・ベンチャー・ネットワーク入社以前、モフヤ氏は、シェルのヨーロッパとアフリカ、英国法務省、Henry M Jackson基金などで、イノベーションプログラムの責任者をしていました。 同氏は、アクトン経営大学院で起業論のMBA、シェフィールド大学の化学プロセス工学学士。